退院支援における真のトップダウンアプローチ

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from Bridge Member  作業療法士  後藤 紀史

回復期病棟でのセラピストの役割の1つは在宅支援である。

自分が関わる患者さんの退院支援を考える際、どうやって目標を立て、入院から退院まで関わっていくのが良いのだろうか。

回復期では機能回復が大事だと、ただ闇雲に機能回復訓練のみを実施していませんか?

自分の良かれと思う価値判断で、介入する生活行為を選択していませんか?

入院の期限が迫ってきたら、治しきれなかったところは、家屋改修や家族指導、サービス調整で後手の帳尻合わせをしていませんか?

 

退院支援においては、漫然とした積み上げ方式の介入ではなく、

本来、その人が望む生活を最初にしっかりと把握し、そこを目標に逆算の視点で、入院当初から介入を進めていく方がスマートである。

退院支援においてのトップダウンアプローチ

トップダウンアプローチ。

名前すら聞いたことないセラピストはもはやいないという程、ワード自体は浸透しているだろう。

 

その名の通り、上から下へ評価・介入を進めていくことを指しているのだろう。

 

さて、退院支援において、このトップは何を指しているのだろうか?

立ち上がりや歩行といった動作パターン?

トイレや更衣といった日常生活動作(ADL)?

 

では、その動作パターンやADL動作のレベルを目標に進めれば、僕らの対象とする患者さんは大きな目標である自宅復帰を果たし、満足した日常を送ることができるのだろうか?

中には、筋力や関節可動域といった機能レベルを治せば、生活へ自身で汎化させていくことができ、そのまま自宅退院を果たし、元どおりのハッピーな生活ができる方もいる。

しかし、そう簡単にうまくいくケースばかりではないだろう。

 

では、基本的な動作を主に獲得を進めていけば、セルフケアといったADLもできるようになるか?といえば、作業(課題)の特異性とそれを行う環境、そのときのその人の調子(人ー環境ー作業:PEOモデル)などの影響を受けるため、必ずしも、汎化するとはいえない。

 

んじゃ、「やっぱり、自宅への退院支援では、トップであるADL動作をしっかり捉えて退院支援を行えば、家で生活できるレベルは獲得できるはずである!」ということが正解なのだろうか?

確かに、FIM効率が回復期病棟の成果の効果判定に導入された昨今、ADL動作の自立度が、自宅退院を目指すうえで大事なことに異論はない。

 

けれど、忘れていけないのは、僕たちはADL動作だけを行い、日々暮らしているだろうか?

そして、そんなADL動作だけで後は寝ているか、ぼーっとしている日常に楽しみや生きがいを感じることができるのだろうか?

 

1日は24時間。

僕らがその中で、いわゆるFIMの項目に上がっている生活行為をする時間はどれだけを占めているか考えてみてほしい。

せいぜい4分の1程度だろう。

と考えれば、ADLも大事であるが、それが自宅への退院支援を考えるうえで、1番うえのトップだという視点は十分ではないだろう。

 

 

僕らの役割は、目の前の患者さんの望む日常を獲得するお手伝いをすることである。

その人は、唯一無二な存在である。

誰一人として、全く同じ生活パターンで過ごす人はいないし、その人その人で送りたいと望む生活パターンは違っているはずである。

 

となれば、僕らセラピストは知らなければいけないトップは、目の前の患者さんが望む「その人らしい生活」である。

 

その人らしい生活をどう捉える?

日常は「作業」の連続である。そう、日常生活は1つ1つの作業のぶつ切りではなく、連続性がある。

さて、この「作業」とは、作業療法士が専門・対象としている分野でもある。

しかし、退院支援に関わる専門職全ての人が知っておいた方が良いと思われる考え方だと思う。

作業の種類・ジャンル分けについては、

マイヤー(1921)、ライリー(1974)、アメリカ作業療法士協会(1994,2002)、カナダ作業療法士協会(1997)、ピアース(2003)などによって、それぞれ報告されているが

『ADL(セルフケア)』『余暇・趣味活動』『仕事・家庭内役割』『休息』

というあたりに、大まかに分けられるだろう(勝手に個人的に分類してみる)

詳しく知りたい方は専門書をご参照ください。

 

休息も作業と捉えるため、僕らの生活は、これらの作業によって全ての時間を埋められている。

つまりは、日常は作業の連続なのである。

 

そして、僕らは、どの作業を、いつ、どこで、誰と、どうやってするのかを選択する権利を持っている。その作業をやるかやらないのかの価値判断をしているのである。

その人が行ってきた日常には、その人が選択し、デザインしてきた背景がある。

 

 

言い換えれば、その人らしい日常(生活)は、「その人にとって意味ある作業の連続」である。

CAOTによれば、作業とは「人が日常生活の中で行い、文化的、個人的に意味を見出すことができる全ての課題や活動」である。

World Federation of Occupational Therapists の作業療法の定義よれば

意味ある作業とは

・個人的にしたいこと

・する必要があること

・することを期待されること

を指している。

作業には意味が内在している。つまりは価値である。

僕らもそうであるが、人は何もやりたいことだけやって生活しているわけではなく、する必要があるから仕方なしにやっていたり、家族や友人、仕事の同僚、所属集団など、他者から期待されるからやっていたりする作業も存在している。

 

つまり、日常で、日々選択されてきた作業は、全てがその人にとって、並列関係にあるのではなく、その人によって意味・価値付けされた上下関係が存在するはずである。

 

 

僕らが病院で出会う患者さんは病気や怪我の影響により、今までやってきた多くの作業ができなくなる。

そうなったとき

まずこれからやれるようになりたい

これだけは何としてもできるようになりたい

これはやり方にはこだわらないからとりあえずできれば良い

これはそもそも別にできなくても支障ない

など、それぞれの作業に対する思い(意味や価値)が生まれるはずである。

 

そこの思いを吸い上げるのが、退院支援におけるトップダウンアプローチだと思う。

 

これは、作業をしている場面の観察評価だけでは足りないことが多く、その人の語りを引き出す面接評価が必要にある。

 

MTDLPやCOPM、ADOCなどが、その人にとってどの作業が重要度が高いのかを評価する作業療法独自の評価バッテリーでもある。

 

日本作業療法士協会

「人は作業をすることで健康になれる」

陳腐な日常の繰り返しではなく、意味のある作業を含む日常の獲得は、その人に楽しみや生きがいを与えるだろう。

つまりは、Quality Of Life : QOL の向上である。

真の意味でのセラピストとして果たすべき支援の鍵は、そこにあると思う。

だから、退院支援においては、機能のみに焦点を当てるのでもなく、勝手にこの人にはこれが必要だろうとセラピスト判断で取り出した生活行為に焦点を当てるのでもない。

そして、単なる時系列的な生活行為の連続性と捉えるだけでなく、その背景にあるその人特有の「意味・価値」まで知らなければいけないのである。


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