触れることの意味:患者さんが一人では作ることのできない体験を作り出す

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先日は東京でハンドリングのセミナーを行いました。初めて参加された方も多く(ありがとうございました!)普段あまり意識して触れることがないセラピストの方も多くいましたが、容赦なく実技をバリバリ行いました(笑)

 

やらなきゃできるようになりません。

 

頭でいくら考えてもできるようになりません。

 

やってみて、相手のリアルな反応や言葉(何されてるかよく分からん!、お肉をつままれて痛い!)を受け止めて、そこから考え、再度チャレンジ、の繰り返しです。

バク転のやり方をユーチューブで眺めてても、バク転できるようになりませんから。

 

そんな中で、ちょっとハンドリング、というかなぜ徒手的に介入するのか?についてつぶやいてみます。

 

 

例えば、

片麻痺の方でも、立位で麻痺側下肢のアライメントや荷重の流れを徒手で調整することで、骨による物理的な安定が得られると、過緊張が落ち着き、自然に立っている感じがする。

という方もいる。

でもそれはあくまでスタート。

手を放したら自分で再現できないから。

 

でもまずはその状態を体験してもらうことから始めることが多い。

 

教師あり学習でいう「教師」を作りたいから。

 

上手くできている時の感じ、がなければ自分で修正も効果判定もできない。比較対象がないから。

 

 

そしてその状態をセラピストの徒手的誘導で作っている場合、

セラピストは手で何を誘導しているのか?、何を誘導していないと上手くいかないのか?

を感じ取り、常に仮説検証を行わないといけない。

 

たとえば膝折れが出現する場合、膝前面をただ押さえつけるのではなく、 股関節伸展作用不全による股関節屈曲が原因なのか?足底屈作用不全による下腿前傾が原因なのか?という2つの仮説が立てば、触れる位置は大腿か下腿か異なる。

 

さらに大腿部を支えることで膝折れが軽減〜消失するのであれば股関節伸展作用不全の可能性が高いと推察できる。 と次は殿筋なのかハムストリングスのいずれかの筋肉なのか?を体幹の反応や大腿ー下腿の捻じれから仮説を立てる。

というざっくりとした感じで、触れることとそこで感じ考えることが大事だと思います。

 

 


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