運動学習

日は「運動学習」について、自分なりに感じたことを書こうかなと思っています




リハビリ=運動学習とよく言われますが、





脳から言えば



そもそも、脳ってなんぞや?ですが・・・




私は、「問題解決機関」と思っています



それは、進化の過程で、人が生きるには、目の前のさまざまな問題を、適切に解決し、適応する力が必要と感ずるからです



そのために、身体で適切な情報を受け取り、脳で情報処理して、言語や運動、表情などとなり出力する




つまり、何か問題にぶち当たった時に、脳はすんごく働く能力を持っているとも思います




だらけた生活や何も困ったことがないときは、それほど脳は働いていません




脳は怠け者で、テキトウなことが多々あります





リハビリと運動学習に戻りますが



運動学習に必要な事は


①能動性


②患者が問題点を実感する


③比較


④こつを知る


これらが重要な事と感じています☆




①の能動性は、患者が自ら取り組むことにほかなりませんが、②ともつなげて、



例えば、私たちが自ら取り組む時ってどんなときですか?



興味があるものとか好きなことだと思いますが





でも、その前に、やることが分かっていないと取り組むことができないですよね?




自分がこれからやるべきこと、やりたいことを知っていないと、根本的にできないですよね?




つまり、自分の好きな事を知っている、実感していないと、能動性なんてものは生まれないと思います




患者さんで言えば、これは自分の問題点だと思います



リハビリで良くなっていきたいと思っている人はたくさんいると思いますが、どこが良くないのかと、本当に知っている人や実感している人は少ないかもしれません




よく、足が悪くて、支えられないと感じている人も、実際に体重計に乗せて、荷重量を図ると、「こんなに悪い方の足に体重がのっていないんだ」とか、


歩容が悪いと感じている人も、実際に鏡やビデオで自分の歩容をみせると、「自分ってこんなに歩き方をしていたんだ」などの声を聴くことがよくあります。



一見、自分の悪いところを知っていると思われすが



なにかしらのずれがあるように感じます



本当に分かっているのか疑問がわいてきます




障害後、思うように動かない手足、痛み、周りから言われる言葉などで、自分の悪いところを認識していくと思われますが



今1度何か、分かりすいもので、自分の問題点を実感すること(明確にすること)が大切なんではないかと思います



自分は、これは運動学習の始まりにも感じます





次は、③の比較ですが




変化には、何か2つ以上のものを比較することが必要です



問題点だけでは、学習はすすみません




荷重練習を例にとれば、1回1回荷重のかけ方は微妙に違い、意識的にも、無意識的にも、今までの支え方と違いがあるからこそ、変化が起こと思います



そして、私は、効率の良い学習方法は、目指すべきゴールの感じ提示(その人にあった)が必要と思います



つまり、例えば健側と比較することで、それが目指すべきものとなる、これが自分の現状の位置とゴールの位置との差を認識し、現状の問題点とゴールとの違いを知っていく準備ができる



つまり、問題点を認識し、目指すべき目標がある




問題解決型の脳。




個人的には、脳はこういうときに力を発揮すると思います


れは能動的と言えると思いますし



たとえ健側がなくても、PTがゴールのような感覚を与える、模倣や映像で見せる






例えば、車椅子の前輪上げが分かりやすいとおもいます



あれも、ただなんとなく、一人で試行錯誤して、練習しても、何度も行えば、自分のやり方の違いを認識して、上達が図れると思います


でも、いつも後ろに倒れるかもしれない。どれくらい力を入れたらいいか分かんない。力の入れ方もいまいちうよく分かんない。


そんな時は、肩に力が入り、緊張し、手に汗にぎると思います




患者さんも同じですよね




そこに、PTがいるなら、車椅子を介助して、理想の前輪上げの状態をつくってあげる(ゴールを提示)と、



その人は「前輪を上げてる感覚ってこんな感じなんだ、これくらい力が入って、ここに力がはいるんだ、ここは余分な力だな、ここが前輪あげのポイントだな」


などなどいろいろ感じるかもしれません。人それぞれですが。



こうすることで、効率的に学習が図れると思います



患者さんも同じです。手段はなんでもいいので


一度PTがゴールの感覚はこんな感じですねと、示すこと、たったこれだけでも違うと思います





現状の問題点を自覚して、ゴールの感覚が分かると、脳はどうしたら、これを解決できるんだと奮闘するはずです


なんとか、身体をそれに適応させようとしていく




自分の今ある身体機能を使って、自己組織的に、ゴールの身体に収束していこうと努力します




患者は自分でいろいろ試行錯誤して、学習を図ろうとします




私は、これだけも良くなる人はたくさんいると思います





もちろんPTとしてはいいのかといわれそうですが・・・




それくらい、しっかり自分の問題点を実感することと、ゴール(ゴールじゃなくとも、何か目標とするもの)を提示することが大切と感じています



患者をその気にさせたら、半分は勝ちと思っています



やる気にさせるだけでも、PTの価値はあると思います





ただ、もちろんこれだけでは、良くならない人もたくさんいます



問題点を実感して、ゴールの感覚がなんとなく分かっても



じゃあどうすればそうなるんだ


分からないから困っているんだと思います


だから私たちがいます



その患者が分かるためには、何が必要か?



それが評価です。




この評価がものすごく重要です



でも、その評価も、上記のことを根底に置いたうえでやることが、さらに重要と思います



私が言いたいのは


ただ、身体機能だけを見て、


「ここの関節が動いていなくて、使えていないようね」


「ここの筋力が弱いよね」



と評価することも大切ですが、



その前提、その下には、


患者に問題点を説明する、実感させる、目標となる感じを提示したり、示したりすることが前提にないと、生きてこない気がします



もちろん評価ができないと意味ないですが



意外に、患者に体重計に乗せて、自分の荷重量を気付かせたり、実感させるだけでも変わる人はいます


ビデオ見せるだけでも、変わる人はいます


一度、転倒ぎりぎりまで経験させることで変わる人もいます





「自分が治す」という一辺倒では、うまくいかないと思います



患者の声に耳を傾け、患者主体で考えることが大事です






・・・はっきりって上記で書いたことは、正直あたりまえのことです



当たり前のことだけど、臨床でできているかと言われればどうでしょうか・・・



知っていることと、行うことは別です



知っていても、できていないことなんて腐るほどあります



私たちは、脳についても、身体についても、分からないだらけです



脳は、無意識に自分の都合よく解釈します



この考えもそうです



そして自分の都合のいい情報だけを、周りに置き、価値判断をします



自分の視点、知っていることでしか価値判断ができません





よく思うことがあります



自分が一生懸命になって介入した患者が、なんとなくよくなった人もいると思います



自分の問題点が本当に正しかったのか?と疑問をもってしまうような




でも、この患者が少しでも良くなってほしいという気持ちだけでも、その患者に伝わったら、それだけでも変わることもあると思います



人間ってとても不思議です



自分なんて、技術がない分、こういうところも大切にしていきたいと思います





とても当たりまえで、抽象的な事かもしれませんが


自分の中では、患者が主体的に学習に取り組む姿勢をいかにつくるか?


こんな考えを


運動学習の根底に置いたうえで、

身体評価をしたいと思っています




長文読んで頂いてありがとうございます☆



いろんな人といろんな考えを共有できたらいいですね☆