運動学習と脳 6


お疲れ様です!!

「命とは、人のために使った時間のことを言う」…いい言葉ですね

さて、今日は「随意運動」のメカニズムについて脳内機構を簡単に説明します!!

新年の一番初めに、こんな質問をしたかと思います

「どうして僕たちは、

目の前の物に自然と手を伸ばし

自然と持ち上げることができるのでしょうか?」

これって

最初に「視覚」で目の前の物を認知しますね!

何であるか? 大きさは? どこに置かれているのか? 近くにあるのか?など

これは視神経を通じて、後頭葉の1次視覚野にいって、2次、3次・・・と続き、目で見た物の情報が頭頂葉に向かいます

もう一方で、常に自分の身体からは、「体性感覚」がリアルタイムに入ってきています

肩や肘や手の位置などの深部感覚情報や、何かい触れている触覚情報

これは脊髄から視床を経由して、頭頂葉3,1,2野の1次体性感覚野に向かいます

細かくは書きませんが

視覚情報と体性感覚情報が、頭頂連合野で統合されます

すると・・・

「自分の手がここにあって、物があそこにあって・・・」

というような関係性が作れます

その情報を今度は

高次運動野(運動前野や補足運動野など)に送ります

その情報をもとに運動のプログラムを立てようとしますが

そのとき過去の情報が蓄積されている、基底核や小脳と連携して

より楽に、より正確な、よりその場にあった運動を計画していきます

そして、前頭前野が最終的判断を下すと

高次運動野から1次運動野に情報がいき、筋収縮を起こさせます

ものすごーく簡単に書いていますが、脳内の随意運動のイメージとしては基本的にはいいと思います

さらに大雑把に言うと

後頭葉、側頭葉、頭頂葉は、1次領域から階層的に連合野へ情報がいき、前頭葉へ送ります

一方前頭葉は前頭葉前野や高次連合野から、1次領域へ階層的に情報がいきます

ただ、ここで言いたいのは・・・

運動プログラムをつくるときに

高次運動野(特に運動前野)は、頭頂葉の情報を受け取ると書きましたが


運動プログラムを作ったら、それを頭頂連合野に同じように送ります

また小脳と連携をとっていると書きましたが

運動プログラムを小脳にも送っています

用語でいうと「efference copy:遠心性コピー」と言います

これはどういうことなんでしょうか??

頭頂連合野も小脳も感覚が入ってくるところでもありますよね!!

つまり、運動プログラムとは「予測」なんです。運動の予測・・・



そして頭頂葉は視覚や聴覚や前庭覚や体性感覚を統合した情報が入ってきます=運動の結果



小脳では、(教科書的に)無意識の深部感覚が入ってきます。これも運動の結果

脳はただ単に、運動を行っているのではなく


自分の行った運動が、本当に身体を通して、思ったように行っているのか?をモニターしているのです

つまり


運動のプログラムが頭頂葉や小脳にいくことで、


運動によって帰ってくる情報と照合し


差異を検出して、学習していくわけです

ここだけみても、随意運動は

外界の認知、特に視覚、そして自分の身体の存在感、それをマッチングする頭頂連合野

運動を計画する高次運動野、最終意思決定をする前頭前野、もちろんその時の気分も影響するんで辺縁系

そして実際に筋へ情報を送る1次運動野と皮質脊髄路・・・

このどこに障害がおきても、随意運動障害は起きると思います

そして、もちろん運動は脳内だけで起きるわけではありません

今はシステムス理論が主流かと思いますが

運動は「脳-身体」と「task」と「環境」の相互で生まれます

いろいろ「運動」を考えると、ありますよね!

逆に言うと、いろんな介入で運動は良くなる可能性があるということです

身体にマッサージをするだけでなく、徒手的なアプローチをするだけでなく

もちろんこのアプローチは大切です!!僕も日々頻繁にやってます

ただ、このアプローチが「学習」にとってどういう意味を持っているのかを考えることも大切かと思います!!

脳卒中の方はみな腰背部硬いです

僕ら健常者もこってる人はいくらでもいます

脳卒中の中でも、ものすごく硬くても歩ける人もいれば、少し硬いだけでも歩くのが下手な人がいるかと思います

だから

例えば

腰背部のマッサージをするにしても、なんのために、なんで、腰背部をマッサージするのか考える必要があるということです

そしてtoneの異常が目につきやすく、アプローチもしやすいかと思いますが

上記にも書きましたが、脳内ではいろんな要素が関連して、運動というものが成り立っています

そんな視点で、総合的にアプローチすることが大切かと思っています

脳的な視点から

身体的な視点から

環境的な視点から

taskの視点から

他の医学的な視点から

セラピストの関係性の視点から

患者のキャラクターの視点から

情動・心理的な視点から

今までの生活背景から

・・・

いろんな要素が運動に影響し、学習と関係しています

ただ単に、脳だけ。

ただ単に身体だけ。

これらを見ることはとても大切です。PTの生かせる部分でもありますが

でも限界はあります

現状では「麻痺」は治せません・・・と僕は思っています

しかし僕たちはみているのは「人」です

少しでも患者さんが良くなるために、頑張ることはできます

その頑張りに患者さんも答えてくれて、情動が動かされるかもしれません

環境設定をしっかり行ったら、患者さんが家から出て、外の世界をもう一度経験して、元気になるかもしれません

課題設定をあえて高くして、できないことを患者さんに実感させることも大切かもしれません。最初は落胆しますが、いづれそれを乗り越えるようになるなら、最初の壁は必要です

リハビリには限界はありません

つまりどんな人でもやるべきことはあります

だから、終末期でもリハビリが叫ばれる昨今なのではないでしょうか

でも上記のことは科学的に証明することは不可能に近いと思います

だから自分がどうありたいか?というのが大切です

どう患者さんと向き合いたいのか?

本当に専門的な勉強も大切ですが

人間的な成長も大切な職業かと思っています

自分なんてまだまだですが

やっぱり最近は、目の前の患者さんを!まずは一生懸命取り組むという原点に立ってやっています

目の前の患者さんを少しでも良くすることの積み重ねが、自分の成長にもつながるからです

自分は、「脳科学を臨床に」というテーマで臨床やこのブログをやっています

やっぱり結局、脳が好きなんですね

自分は脳的な立場から、臨床を少しでもより良いものできたらいいなと考えています

もちろん上で書いたことを前提に。

えー話は大分ずれてしまいましたが(笑)

具体的な臨床への応用はまた後日書きたいと思います♪

最後までありがとうございました!