運動学習と脳 8

今日はアスリンの勉強会に参加し、すばらしい講義・実技を学んできました♪

あんな影響力のある講師の先生みたいになりたい!と思った1日でした

今日は「自分の身体に注意を向ける」ことを自分なりの解釈を書きたいと思います。

身体に注意を向ける=クオリアに向ける注意とでもいいますでしょうか

クオリアって少し聞いたことがあるかと思いますが

例えば

(おいしい)リンゴを食べたとき、「おいしい」と感じる主観的な感覚

味覚ではなく

同じ味覚でも人によって、この「おいしい」っていう感じは違う

つまり、その人にしか感じることができない感覚

その人の過去の経験や、今の状態(気持ち、身体的など)が影響

今、空腹感があるかないかで、同じリンゴでも感じ方が違う

たとえ、頭でおいしくないと思っても、いやおうなしに「おいしい」と感じてしまうもの

そう感じてしまうからしょうがない、みたいなもの

こんな主観的な感覚に注意を向けるのと同じです

普段は注意を向けないものですが、注意を向けられるものでもあります

つまり無意識なものであり、でも完全な無意識ではなく、意識できるものですね

患者さんでいえば、

麻痺側or患側に体重をのせる、体重をかけることに対し

なんらかの主観的な感覚が生まれます

支えようとすることでいやおうなしに生まれる感覚

その感覚は言葉でうまく統一して表すことができません

長嶋監督が指導するときにいった、「こんな感じに、腰をくいっと」です

それ以上でもなければ、それ以下でもない


そう、感じるからしょうがない!みたいな感じです

そして患者さんはこの「感じ」をなんとか伝えようとすると



いろんな言葉で教えてくれます

「ぐっと支えている感じがする」とか

「足に体重がのる感じがする」とか

「安心感がある感じ」とか

なんでもいいと思います

なんでもいいというとあれですが

その人がそう感じているのだから、それをこっちが違う表現にしても意味がなく

重要なのは今までの支え方より「しっかり支えている感じ」が伝わるような言葉かどうかです

そして

この感覚が自分で分かるとはどういうことか?

ここは脳的に

自分は、運動には「予測」「結果」があり、そのずれを埋めていくことが学習のイメージと思っています

患者さんは身体に障害を負い、運動感覚障害や筋緊張異常、痛み、恐怖心などで

今までの「予測」では運動が上手くできず、また運動後に帰ってくる「結果」の情報にも誤りやもしくは質として劣った結果が返ってくるかと思います

正しい予測が立てず、それに見合った正しい結果が返ってこない

この2つを、より正しく、より誤差のすくないようにすれば、学習ができ、スムーズな運動になるのではないでしょうか?

僕らがよくやる「マッサージ」は筋や筋緊張をほぐして、より筋から返る情報を正確にしたり、必要な情報を取り入れるためには必要です

障害により硬くなった筋や異常な筋緊張では、確かに適切な感覚が脳にいくとき「量も質」ともに劣ったり、逆に不必要な情報を取り入れたり、過剰な情報を選択できなかったりと、情報の変質が起こると思います

つまり、マッサージは結果情報をより良くするためにアプローチするイメージです

もちろん結果が変われば、予測も変わりますが

けれどもこれともう1つ、「予測」をしっかり立てられたら、運動は変わるはずです

それが「しっかり支えている感じ」の主観的な感覚と思っています

この感覚は

今までの支え方と比べて、より良い支え方で、より以前の支え方に近い部分を要しているかと思います

つまり目標となる感覚です

「こういう支え方をすれば、きっとこんないい支え方の感覚」が返ってくるだろう・・・という「予測」です

この感覚を頼りに運動を行うことは


より良い「予測」に対して、「結果」を一致させていく


身体を調整して、運動結果を良くして、その経験をもとに、予測を作っていくのではなく

予測に対して、運動結果を組織化していくイメージです

具体的に言えば

「支えている感じ」を頼りに

実際に運動してみて、その「支えている感じ」が得られるかを比較

そしてもって

この感じが分かると何がいいかというと

自分でいい支え方か、悪い支え方が分かる


自分でいい動き方か、悪い動き方が分かる



動きの違いが分かるということは、今までと違う方法を知るということ





そしたら


自分で動きたくなりませんか?


もっと楽に、安心感のある方法を自分から探すかもしれません


病棟でも自主練での質があがるかもしれません


なにより、リハビリに受動的でなく、能動的な姿勢がつくりやすいと思っています

でもいい「予測」をつくるには、まず「実感」ありきと思っています



だから、予測-結果の不一致を起こし、実感から学習は始まると思っているわけです


その実感から、いい動き方を知るって大切なんだなと思ってもらい


その動き方に注意を向ける


そして、自分からそのいい動き方を制御でき、自分から練習するスタイルをつくる


そしたら課題の難易度を上げて、モチベーションが落ちないようにする


そしたら、自分からいろいろこんな動き方をしたら「楽」だったと新しい気づきを自分からできるようになる


もちろん注意を身体から他のものへ移すことが大切ですが



こんな感じにリハビリをコーデネーションできたら、理想だなと思っています♪

最後に

自分は「自分の身体に注意を向ける」ということをこんなイメージをもっていますが

もっと患者さんの状態を、自分の身体でイメージできるように磨いていきたいと思っています

学生時代、よく患者さんの身体の真似をしていたことを思い出します

完全にミラーニューロンですね(笑)

この真似が上手い人はきっと自分の身体感覚も良い人なんですよね!!

もちろん患者さんに、身体に注意が向けることができない人に要求するのは間違っています

できないのであれば、違う形で学習を図る

身体に注意を向けにくいorできにくいのであれば

健常側や過去の記憶やイメージ、視覚などをおりまぜてtryしてみる

例えば、支えたときに

・目で足を見てみる

・非麻痺側の感じをつかんで、それを参考にする

・床を踏んだ感覚が難しいのであれば、実際に物を介して、柔らかいものを足の1部分に置き、硬いものとやわらかいものの違いが分かるかとか

・足に過度に力が入ってしまうなら、自分の手を置いて、「痛いからやさしく踏んでね」とか言ってみたり

・ほかにも過去のイメージを介してみて、想像しやすくしたり

注意の容量が少ない人や、感覚が悪くて感じにくい人、もともとそんな経験がなく苦手な人

いろんな人がいますが、工夫すれば感じることはできる人もいます

ちなみに、自分の体に注意を向けるって「選択注意」ですよね

完全に前頭前野の機能ですね♪

ここを使っていきましょう(笑)

最後まで読んで頂きありがとうございました!!