ニューロリハビリテーション③

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内容は「意識・無意識じゃない。気づきを与えるために」です。

よくPTは、姿勢制御やハンドリングで、無意識に練習したほうがいいという方がいます。理由は姿勢なんていつも意識しないし、神経学的にも脳幹levelでの制御が多いから。だから無意識なんです。

まぁすごくは間違ってないです。ハンドリングが上手な人で、患者さんもその姿勢制御に集中した練習が行えていればいいかなと思います。

ただ、上記の考えで

立位で重心移動練習をしているときに、患者さんが何をされているのか分からない。

周囲へ注意をキョロキョロと向きながら、重心移動練習をやってる。

こんな治療風景を見たら、イラッとしてしまいます。

患者さんが何をされているのか分からない、患者さんがどっか向いていても、姿勢は無意識だからといって、そんなことは気にしないPTがいたら、イラッとします。

じゃあ、本当に無意識なら、注意障害の有無で効果に差がでないはずです。だって無意識だもん。

そんなわけなく、明らかに注意が悪い患者さんは姿勢制御の反応も悪いです。そして学習も悪いです。

そう、姿勢制御も学習なんです。

そして、意識、無意識の捉え方が間違ってます。

そういうPTが言うのは、意識すると動きがぎこちなくなる。

つまり体性感覚への注意なんです。これ皮質です。

周辺意識のことですよね。。。

本来、無意識なら、意識しようとしてもできない。だから無意識なんです。

普段無意識でも意識したらできるものは、周辺意識のことです。

普段は行為の背景になっているもの、健常者なら。。。

そして、もう1つ。

知覚の話

知覚循環理論など、知覚はとっても大事です。ギブソンもおっしゃってます。

ただ、知覚とは一方向性ではありません。

つまり感覚→知覚→認知だけでなく、認知→知覚というトップダウンの経路もあります。

その証明が、切断者。四肢の末端がなくても(感覚刺激がない)、自分の足があるような感じがする。と知覚できる。

つまり記憶や注意から知覚を生み出している。認知から知覚を生み出しているのです。

そして患者さんは知覚していかないと、運動や行為は変わっていかない。

つまり感覚→知覚と認知→知覚とボトム・トップの両側面から知覚を考える必要がある。

姿勢制御も同じ。

神経学的にも、イメージや運動のプログラミングをする、高次運動野から網様体へのアクセスがあるように、

姿勢制御とは、フィードバック的な反応(皮質下メイン=無意識)と、フィードファワード的な反応(学習された反応=予測的姿勢制御)

があり、患者さんの集中力や注意の向け方、予測、恐怖心などが影響していることは間違いありません。

最後に、、、

意識、無意識と区別したり、考えたりするのではなく、

患者さんがどうしたら気づく(知覚)できるか?に立脚した思考のほうが正しいと思います。

容易に気づく方なら、そこまでの配慮は必要ないかもしれません。

しかしそうではない方(注意障害や感覚障害、協調性障害など)に対しては、

気づくための配慮をこちらがしないといけません。

無意識だから関係ないとかじゃなく。。。

重度感覚障害の方に、本当に無意識に体重をかける練習がいかに恐怖心を与えるか。。。

「ねえ、あなたについている3本目の足に、今から全体重かけてみて」といっているようなものです。

そうです、3本目の足なんて存在していないです。でもそれは自分が感じている存在感です。身体失認なんかはこんな感じかもしれません。

そういう方に、鏡は視覚依存になるし、本来の体性感覚的じゃないから、使うのはよくないと本当に言えますか?

もちろんそうかもしれません。

でも、じゃあどうしたら感じれるか、教えてください。と心の中で無意識に思っているはずです。

ここも同じで、患者さんが気づくためには?の視点で考えれば、さまざまな方法が有効です。

前にも書きましたが、脳内の使えるところは使って学習を促進させるべきです。

認知が言い方なら、そこを使って学習を図っていくほうがいいと思います。

逆に悪い方なら、装具やハンドリングやそれこそ環境設定で、入ってくる感覚に重点を置いたリハビリのほうがいいと思います。

話を戻しますが、予測的姿勢制御は学習された反応なんです。

だから立位で重心移動練習するときや、バランス練習するときは、こちらの誘導だけでなく、

患者自身が自分で動く、随意的な活動を入れる。など予測的姿勢制御が活動すると言われるような課題設定をしていくべきです。

つまり他動的に動かしても予測的姿勢制御は働きません。つまり予期しないと。

そして姿勢制御も学習なんです。

学習者は患者さんです。

患者さんの意識がどっかいってて、身体だけ整えるPT。いい身体反応だけをみるPT。患者さんは何をされているのかわからず、他の歩いている患者さんに視線がいく。

こんなことはうちだけでしょうか・・それも悲しい。

このような患者さんとPTの課題の向かっている矛先が不一致を起こしているようであれば、それこそ学習は起こりません。

それに気づかないと(これも知覚)、それこそ、そのPTの学習も促進されず、他の同じ患者さんでも繰り返す。

それが無意識となり、学習されていく。そしてそれが洗練され、後輩へ伝わる。後輩はもっと技術がないため、その身体反応だけにより囚われやすくなり、患者さんの意図なんて気にする余裕がない。

なんて。。。

僕もきっとそうだったんだなと感じます。

とりま、実力つけないと意味ないです。上の理論も考えも、知識も、患者さんを変えてなんぼです。

それができなきゃ、意味ないのです。

だから僕は実力をつける2年で。トップに言われたことです。

別に僕の考えが正しいなんて思ってないし、だいぶ違っているとも思う。

患者さんを変える力があれば、おのずと脳の知識の重要性にも気づくと思う。

脳の重要性を伝えていくのではなく、僕なりの考えや技術で患者さんを変えていく。

その治療を自分が目の前で示せるようにしていく。それができないと説得力もないですね。

そしたら、少しでも先輩後輩にいい影響を与えることができると思う。そして僕自身も先輩後輩から常に学んでいきたいと思う。

いろんな考えや治療法という刺激を、柔軟に教えてもらうという姿勢をいつまでも忘れず、リハビリに取り組んでいきたいと思う。

まだ4年目。凝り固まるのは早い。

これも同じ。患者さんのためにと思ったら、自分の浅はかな考えだけで治療するなんてもってのほか。

知覚し続け、変化し続け、成長し続けたいと思うカッサーノでした。

最後まで読んでいただきありがとうごました。結局長いという(笑)


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