僕らは専門家。どんな専門家?

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普通の専門家とは?

「細かいことを見れないと専門家ではない!」細かい筋のトレーニング、細かい動作分析ができるから、専門家。

これが普通にイメージする専門家ですね。

しかし、これは本当でしょうか?

僕らはスポーツの世界でリハビリをしているわけではありません。アスリートのレベルは、通常の立って歩くなどの動きを、より速く、強く、より柔軟にできるために、より細分化した分析が必要です

例えば、あと少しボールを速く投げるためには?、怪我した膝に負担かけず、かつ以前より高い競技パフォーマンスを得るには?など

そして、運動機能も回復しやすい若い方が多いです。モチベーションや課題理解が良い方です。

だから、より細かい視点や細かい専門性が求められます。

リハビリの専門家とは?

私たちの多くがリハビリをさせて頂く方は、この逆です。

・目標とする動きは、日常生活の動作

・学習に影響する、モチベーション低下や認知面の低下、高次機能障害なども併発しやすい

・機能は改善しにくく、今後も衰えることを視野に入れる

 

アスリートの分野とは、畑が違うことは認識しなければいけません

 

より綺麗に、何百回も楽に立てる、立ち上がりができる必要はないです。誰かに披露するわけでもなければ、周りと競い合うわけでもない、それができたら表彰されるわけでもない。

もちろん、楽に効率よくできることは重要です

つまり本人様が日常生活の動作に、そこまで困ってなかったり、そこに不具合が生じていなければ、いいのです。

そのレベルでいいかと僕は思っています。アライメントよくきれいに立てなくても、少し手を使えば立てる。それで日常生活がある程度満足しているとか、大きな支障がない。

そこに、僕らがきれいに立つ、より楽に立つという指導や訓練は、どこまで利用者のニーズにそっているのか?

患者様や利用者のニーズがあればいいですが、それ以上に他にもやることややれることがたくさんあります。

どうしたら、もっと外出ができるようになるのか?

どうしたら、介護負担を減らすことができるのか?

どししたら、今の身体機能でも生き生きと人生を送ることができるのか?

・・・。

僕らが最終的にフォーカスしないといけない所は、脳卒中になった方が病院を退院して、地域で、社会で生活・生きていくために最善のリハビリやフォローです。

その中の一部分に、病院のリハビリ、その中に、理学療法士。

その理学療法士の練習の中の1つに起立練習。

その起立練習の中のきれいに楽に立つ練習や指導。

 

こう考えると、僕らが関わらせて頂く方の多くはスポーツ選手のように、高い競技パフォーマンスを求められ、細かい視点がより重要で、イメージとしては針のような、他の分野とは独立している領域でしょうか。

 

そのような専門性ではなく、もっと幅広い、もっと他の学問や領域と重なり合い、関係し合い、専門性がより見えにくい領域なのではないでしょうか?

なぜなら、スポーツ選手のゴールが、1つの動作、例えば短距離走なら、少しでも速く走ることである一方、高齢者や脳卒中の方のゴールは、地域の生活や社会参加という大きな枠組みだからです

 

ここで誤解がないように伝えたいことは、もちろん機能や動作を細かく評価・治療できる能力は必要です。

細かい解剖の知識や技術はもちろん、ないよりあったほうが断然良いです。機能をもっと良くして欲しいという方も多いですし。

しかし、支える医療へ転換している現代、いろんな合併症を持ち合わしている患者様に対し、理学療法士は、起きる、立つ、歩くために必要な解剖や運動学の知識や技術だけでなく、地域生活、社会参加というような大きな視点の中で、もっとできることはないか?と考えることもまた重要です。

そのための立つ、歩く練習です

 

だから、そこに立脚した「立つ」、「歩く」が提供できれば良いのです

 

そこにいる利用者様が困っている事、それが「歩く」であれば、その「歩く」の何が困っているのか?

その解決ができることが重要であり、それは身体機能の知識や技術だけでは不十分です

 

なぜなら

歩いて、誰かとしゃべりに行きたいのか?

楽に移動できる車いすではだめなのか?

家の中でお茶を持ちながら、歩きたいのか?

歩く先に、生活や社会参加がありますよね

 

そこを見据えた場合、「専門性」という言葉に、細かいことだけ知っていても意味がないことがわかるかと思います。