介入効果を生活への汎化につなげるには◯◯が大事。

JerzyGorecki / Pixabay

小松です。

介入場面の変化がその場限りであれば、運動学習したとは言えません。

また筋力や関節可動域など機能的な要素の改善をすることは、理学療法や作業療法の目的ではありません。

私たちの介入の目的とは何でしょうか?たまには真面目に考えてみたいと思います。

 

介入効果の再考

患者・利用者さんへの介入において、

即時的な反応や変化を出すことは大切です。

即時的な変化の有無により、今行っている介入が患者さんの反応の変化につながる刺激となっているか?を評価できます。

逆に言えば即時的な変化がない場合、あなたの介入は患者さんにとって「何の影響も及ぼさない、意味のない介入」であることを示しているかもしれません。

しかし、ただ介入前後で反応が変われば良いか?というとそうではありません。

患者さんは、どんな介入であれ私たちセラピストが触れたり、声かけしたりと刺激を加えれば何かしら反応したり変化します。それはもしかすると、代償が強まったり、新たな代償戦略の出現、ということもあります。

あなた自身が、患者さんの変化が望ましいものなのか?望ましくないものなのか?を常に考えておかないと、”介入によって変化が出ること”自体が目的化されてしまいます。患者さん自身は、その変化の良し悪しを判断することが難しい場合、セラピストの言葉を信じるしかありません。

私たちセラピストが、患者さんの不必要で過剰な努力を伴った反応を「良くなりましたね!」「今の良いですね!」と言ってしまえば、患者さんはその変化を「良いもの」として認識することになります。そしてそれを繰り返すことで二次的な痛みや過緊張、関節可動域制限、さらにはADLにまで悪影響を及ぼすことがあります。

私たちは、患者さんの変化を常に解剖・運動学、脳科学、心理学など様々な視点から考える必要があります。

そしてその中から、あなた自身の考える「望ましい反応」という理想像を持っておく必要があります。

股関節の動き、筋の収縮や緊張から、動作の仕方、座位や立位の姿勢制御、手の使い方に至るまで、ミクロなレベルからマクロなレベルまで「どんな反応が望ましいのか?」を考える必要があります。

その理想像がなければ、あなたは患者さんの反応が良いか?悪いか?を効果判定することはできないはずです。

まとめ

即時的な変化により介入刺激が相手(患者さん)に反応を起こすかを評価できる。

即時的な変化がない場合、あなたの介入は患者さんにとって「何の影響も及ぼさない、意味のない介入」である可能性がある。

”介入によって変化が出ること”自体を目的化してはいけない。

介入の良し悪しを判断するには、あなた自身が「望ましい反応」の理想像を持っておく必要がある。

 

変化を出すことは大事。だがそれは目的ではない。

 

理学療法・作業療法の目的とは何でしょうか?

wikipedia先生は、

理学療法(りがくりょうほう、英語:physiotherapy、physical therapy)とは身体に障害のある者に対し、主としてその基本的動作能力の回復を図る

作業療法は、身体又は精神の障害に対し、応用的動作能力又は社会的適応能力の回復を図るため、手芸、工作、その他の作業を行わせること

と言っております。

要は理学療法・作業療法の目的は、ICFでいうところの、「心身機能・構造」「活動」「参加」という生活機能と個人・環境因子を考慮しながらより良く生きるための能力の再獲得を図ることと言えるのではないでしょうか。

筋緊張や筋力・関節可動域は心身機能にあたります。もちろん心身機能の問題によって、活動や参加に支障が出ます。しかし心身機能を個別に改善したとしても、生活や参加の向上に直結することばかりではありません。

(私は新人の頃、心身機能を改善すれば、ADLは勝手に改善すると思っていました。半年も経たないうちに、そんな簡単なものではないと多くの患者さんとの関わりから気づかされました…)

また多くの筋・関節運動に問題が起こる多くの疾患(脳卒中による運動出力の問題も含めて)は、心身機能の問題が活動・参加に影響を及ぼしているため、心身機能の問題を評価・介入できる知識・技術は不可欠だと私は思っています。

心身機能に介入するアプローチや、動作訓練など活動に焦点を当てたアプローチなど、介入の理論や考え方、方法は様々あると思いますが、いずれも目の前の患者さんにとっての「機能ー活動ー参加」の関係性を解釈しながら、より良い介入の方法を模索し関わっていくことは重要です。

心身機能や活動、参加をぶつ切りにして、その視点のみでの改善・向上を示すことは1つの指標であることは間違いありませんが、私自身違和感を感じることでもあります。

・脳卒中後の運動麻痺(例えば指)のわずかな改善はあった。でもADLの介助量や自立度は変化がない。

・ADLの自立度(FIMの点数)は上がった。でも代償的な姿勢や動作パターンはより強くなった。

・筋力は向上した。でも歩容も歩行自立度も何も変わらない。

・装具が金属支柱からプラスチックに変わった。杖なしで歩けるようになった。でも歩容の悪化と実用歩行距離が短くなった。

・入院中は病棟での歩行は自立していた。しかし退院後は自宅環境での移動の不安を感じてしまい、外出機会もなくベッドでテレビを見ていることが多い。

上記の例は、ある側面の改善はあったが、一方で他の要素は変化がなかったり悪影響を及ぼした事例です。これらは皆さんセラピストが、そして患者さん自身が「望んでいる変化」と言えるのでしょうか?自分自身の関わりを一度振り返ってみてください。

変化を出すことは大切です。ですが、目的は変化を出すことではありません。

大切なのは、その変化が「機能ー活動ー参加」の中で良いループを作り出すか?そして入院中の変化が、退院後の生活にも良い影響を及ぼし続けられるよう、学習・定着をできているか?ということだと思います。

一時的な変化を学習・定着するには?

応用行動分析学という分野では、ABC分析という考え方があります。

ABCとは、先行事象 → 行動 → 結果事象のこと。

A:先行条件(Antecedent) 

  ◯◯のときに

B:行動(Behavior)      

  △△したら          

C:結果(Consequence)      

  ⬜︎⬜︎になった

 

応用行動分析では、人の行動は、「その行動を引き起こすきっかけAがあり、そのきっかけAにより行動Bが引き起こされ、その結果としてCが生まれる/起こる」と考えています。

私は、運動学習など一時的な変化が後の行動や生活へ汎化・定着するにもこのプロセスが大切だと考えています。

脳科学では運動学習には高頻度であることが大切であると言われています。多くの回数や時間をかけた方が、定着する。それももちろん経験的にも理解できます。

リハ病院など患者さんに対してセラピストや病棟スタッフなどが促せる環境においては、比較的容易に狙った反応をより多く・時間をかけて繰り返す機会を作ることは可能かもしれません。しかし生活期などではセラピストの関わることのできる時間は限られており、患者さん・利用者さん自身が自己にて望ましい反応・行動を行ってもらえるよう、そして行えるように導く必要があります。

行動が増えるまたは減るにはルールがあります。

行動が増えるルール

①行動により良い結果が得られる

②行動により悪い結果が減る/なくなる

 

行動が減るルール

①行動により良い結果が得られなくなる

②行動により悪い結果となる

すごく単純ですね。またこの考え方は、問題行動をどうしたら減らせるのか?望ましい行動をどうしたら多くできるのか?という観点から発達障害児などの関わりにも活用されています。

ここで一つ重要なポイントがあります。それは、

結果の良し悪しは、患者さん自身が感じる

ということです。患者さんのニードや想いを知ることは、大切です。評価にも問診がありますよね。

でも患者さん自身も言葉だけでうまく説明できないことも多くあります。

「歩きたい」という言葉の背景には、その方のそれまでの歴史や価値観が含まれています。あるセラピストは、「歩きたい」という患者さんの言葉を、ただ杖でも装具でも使って歩行自立すれば良いと考え、そのための練習を行ったとします。

患者さんは、杖や装具を使わず、病前のように「歩きたい」という思いだったとすれば、杖や装具で歩けることは良い結果とは感じず、自発的に歩くという行動には結びつかないかもしれません。

まず最初に、そして信頼関係を作りながら、患者さんの言葉の深い所までを、行動の変化からも考えていけるセラピストになりたいですね。

 

タイトルの◯◯に入る文字、皆さんは何だと思いますか?

 


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