生活期における脳卒中患者さんへのリハは維持目的で良いのか?

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小松です。

年末が近づいて来ましたね。

今回も臨床ベースのはなしを。

 

私の担当している脳卒中の方のブログ(←クリック)

 

まずは一度お読みください。

 

この方は脳卒中発症後8年目の方です。

昨年春より訪問リハにて私が関わらせて頂いています。

 

記事にもあるように、

上下肢ともに分離運動の改善がみられてきているんです。

 

 

 

僕の介入が良かったんだ!!!

 

………なんてことが言いたい訳ではありません。

(こんなんゆうてたらヤバイやつですね。笑)

 

変わったのは、

この方(Bさんとします)がそれだけの能力を潜在的に持っていたということ。

 

私は学生時代、

 

脳卒中患者さんのリハは、

「脳卒中後の脳損傷した組織は元に戻ることはない」

「運動機能回復にはプラトーがある。後遺症が残る」

「健側の強化と残存機能を活用して、代償的にADL動作を獲得することがリハの目的」

 

だと教わってきました。

 

しかし、これまで多くの脳卒中の方と関わってきて、本当にそうなのか?と疑問を感じる部分もあります。私の経験から感じていることを少し整理して書こうと思います。

 

脳卒中発症数年後でも運動機能は改善する

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今年の脳祭りでもBさんの経過を提示しました。参加された方はBさんの変化を、目にされたかと思います。

連合反応や共同運動パターンと呼ばれる、片麻痺の方によくみられる現象、

また立ち上がりや歩行といった動作パターンも麻痺側の変化+参加を導くことができれば、代償の少ない、より自然な動きへと…

介入の仕方によっては経過が長くても変化をします。

 

脳卒中片麻痺患者さんの運動機能の向上を妨げているのは、

セラピストの評価不足と介入の幅の狭さ

発症後、長い経過の麻痺は改善しないという思い込み

発症後早期からの麻痺側参加よりもADLの自立度向上を優先した訓練の提示

 

…つまり、セラピスト側の力量不足や関わり方が大きく影響しているのではないか?

というメッセージを今年の脳祭りでは繰り返しお伝えしました。

 

もちろん、皮質脊髄路や網様体脊髄路の損傷など損傷部位の場所や大きさによっては改善の見込みが少ないと言われるデータもありますので、どんな脳卒中の方でもどんどん変化する!とは言えません。

麻痺側への積極的な介入にも関わらず、生活の改善につながるような変化が出ない場合、退院までの期限の中では生活の自立度を優先しないといけないこともあります。そしてその判断はセラピストも意識しながら関わらなければいけません。

またあまりにご高齢であれば、運動機能よりも家族との時間を少しでも負担なく過ごせることや、痛みの少ない姿勢や運動の方法を優先します。

誰でも機能を追求することが良いとは限りません。が、機能の向上を期待される方がいた場合に、そのニードに寄り添えるだけでの実力をつけることは大切だと考えています。

 

ですが、

画像上の運動経路の損傷は少ないにも関わらず、麻痺側の動きや動作における参加が少ない。

運動機能の評価で筋収縮や筋緊張の随意的な変化を感じ取れる。

すごく弱いながらも運動や感覚機能はある。

麻痺側肢の重さを適切に免荷できれば随意的な関節運動が行える。

 

といった場合には、日常生活上や抗重力場面ではまだ麻痺側の参加は難しいながらも、麻痺側を動かすための潜在能力はある、と解釈することができます。

 

潜在能力をいかに伸ばし、

生活の中に取り入れ、

生活をより良い方向に導く

 

ことが、セラピストの大切な役割であると思います。

 

生活期における片麻痺の運動機能の改善に必要なのは?

私は、急性期〜回復期〜生活期(療養&訪問)を経験してきました。

やはり発症後の経過が長い程、脳卒中患者さんの運動機能、ならびに生活のより良い変化に導く際に阻害因子は増えていく印象です。

筋緊張の高いままで生活を過ごせば、筋の短縮や関節可動域制限は進み、関節ごとに見ても1つの筋の緊張の異常や短縮は、筋連結や筋膜連結を持つ筋にも短縮や伸張性・粘弾性の低下を引き起こし、それらの筋にも短縮や持続的な高緊張が定常化していたりします。

二関節筋や筋・筋膜連結による二次的な筋の硬さは、隣接関節に影響し、それはさらにその関節の隣接関節に…と影響は全身に波及します。

また単一の関節から見ても、1つ〜複数の緊張のアンバランスがあれば、関節運動は正常とは異なる骨運動を生み、関節の適合性や運動性にも問題を生じます。そして患者さんは病前と異なった関節の状態での関節運動での動きを、その関節の動かし方として認識します。

麻痺側の身体も硬くなりやすい筋、全然参加しない筋でのアンバランスはどんどん進んでいきます。硬い筋は硬く、参加しない筋は萎縮が進みます。そしてその動かし方や緊張度合いを運動感覚として認識します。

動作においてはアンバランスな関節運動や関節安定性、関節運動パターンが1つの関節に起これば(実際そんなことはありませんが…)、その影響や重力下の姿勢・運動制御に影響を及ぼします。

 

それらの姿勢・運動制御のパターンは本来とは異なった動きですが、生活の中でそれが実用的になればなるほど、その動きは学習されその人の動きとして定着していきます。また病後の生活での活動度の低下や麻痺側の参加の少なさは麻痺側身体だけでなく、全身の廃用につながり、その廃用がまた代償を生み出していきます。

そして患者さん自身も、その状況が(動きにくさや病前とは違うことは感じながらも)普通となってきます。

本来脳卒中による神経ネットワークの損傷による一次的な問題は、筋の緊張のアンバランスからくる二次的な問題へ、そして姿勢・運動制御パターンはより偏った戦略となり参加不参加の筋や関節運動のアンバランスはさらに進み、廃用も影響し…

と問題はより複雑化してきます。そのような状況になってくると本来の問題であった一次的な問題に直接アプローチすることは難しくなり、二次・三次的な問題をまずは解決しないといけなくなったりと、介入の手順も複雑となってきます。

そして訪問リハなど在宅サービスはケアプランにも基づいて進めるため、セラピストのマンツーマンでの介入頻度はやはり、入院中よりも少なくなります。

(だからといって運動機能の問題を軽視して良いとは思いません)

 

もちろん急性期や回復期では、患者さん自身が自身の脳卒中による身体や生活、社会環境の変化に戸惑い、混乱をしている場合もあり、生活期より簡単だ、という訳ではもちろんありません。

 

言いたいことは、

セラピストは、どんな時期でも脳卒中の機能的な問題、そして生活(場合によっては介助者を含む家族の生活)をより良くする可能性を模索することを辞めたらいけないのではないか?

ということです。


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